
【無想】【裏霞】【紫電】【果断】【+錬】
銀色の刺繍を縫われた黒いコートを羽織る男。逆立てた黒の短髪。三十代。
他に特筆すべき点は二つ。
異常発達した彼の四肢の握力と、揉む事に至上の快楽を覚える彼の性癖である。
極々普通で平凡な筈の家族に産まれた彼の人生を、それらは歪な影となって纏わり続けて、捻じ曲げるに至った。
何かを揉んでいると落ち着くという手癖から、幸せへ。幸せから、気持ち良いへ変じていった。
この包み込むような気持ち良さから逃げるため、離れるために各種を漁ったが、どんな薬も暴力も女も娯楽も、幼少の頃より手放さずに居たゴム球には敵わない。彼は自らを客観的に、揉み狂いの変態と判断した。
普通であるために耐えねばならない。衝動を取り除かなくてはならない。
彼は欲求に耐えた。耐え続けた。だが彼は若かった。辛抱の末に限界が来ると、愛着の在るゴム球を、足元のコンクリートを、彼は揉みつぶして破裂させる。その際に味わった感触に彼は涎を垂れ流して打ち震えた。白目を向いて笑い続けて絶対的な快楽と、自身への絶望を味わった。
このまま歪な自分の存在が浮き彫りになれば、家族や周りにも迷惑を与えるだろう。自分はこの狂気を隠して、なお生きなければならない。果たしてそんなことが出来るのか?俺は頭がおかしいんだぞ。
二十台手前の何処か断定的な切羽詰った衝動を抱え、彼は平凡な男としての人生に少々逸脱した別れを告げるべく戦地に出向いた。書類上、平凡な彼は其処で死んだ。突然の別れに家族は泣いて弔った。
自らの死を偽装した彼は、揉み狂いの狂人、外陰(ゲイン)として生まれ変わり、気の向くままに揉み付くすことにした。今夜もまた、夜更けの戦場に、死体を揉み漁る一つの影が現れる。
高速駆動を可能にした両手両足でひたすらに揉み尽くす。四肢を使って天井をぶら下がり、大地を跳ねる。石を握れば指弾と成る。握る。潰す。削る。ぐちゃぐちゃにする。突き出た舌。溢れる唾液。踊る瞳。笑う声。揉めば揉むほど狂喜は加速する。あぁ、あぁ、気持ちいい。
「げげげげげ!げひゃははっはぁぁぁぁっぁぁ!!!」
故郷に残してきた家族への思いは、やがて目の前の刹那的な快楽に隠された。やっと、彼は狂えたのだ。
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